葛飾北斎の浮世絵『富嶽三十六景』(ふがくさんじゅうろっけい)全46作品を、描かれた地点を示す地図と共に公開しました。西洋絵画に大きな変革をもたらした印象派に、『富嶽三十六景』がどのような影響を与えたか、『富嶽三十六景』の作品と印象派の作品を比べました。絵画の主題、構図、色彩、連作、などに影響が見てとれます。
葛飾北斎について
葛飾北斎(1760-1849)は江戸時代後期の浮世絵師です。江戸の本所で生まれ、生涯の大半をこの地で過ごしました。
代表作は『北斎漫画』、『富嶽三十六景』、『富嶽百景』など、いずれも木版画です。ほかにも多くの肉筆画(一点物の絵画)を残しました。
50歳までは役者絵、美人画、本の挿絵などを手掛け、53歳で『北斎漫画』(スケッチ集)の初版を出版しました。『北斎漫画』は北斎の死後も発行が続き、明治11年(1878年)、第十五編で完結を迎えます。
72歳で『富嶽三十六景』を皮切りに、『千絵の海』、『諸国瀧巡り』、などの風景画を出版、75歳で『富嶽百景』を出版しました。その後、90歳で没するまで、肉筆画を中心に精力的な創作活動を続けます。
北斎の作品は開国とともに海外に渡り、海外での評価が高まりました。特にフランスの絵画と工芸の分野で熱狂的に支持され、印象派やアールヌーボ誕生のきっかけになりました。
北斎は日本国内よりも、海外での評価が高い画家です。1999年にアメリカの雑誌『ライフ』で「この1000年で最も偉大な功績を残した世界の人物100人」という企画で、日本からただ一人選出されました。
ジャポニスムとは |印象派の誕生を後押し
開国とともに日本の美術・工芸品がヨーロッパに渡り、注目されます。一般の人々だけでなく、絵画や工芸品の製作者にも大きな影響を与えました。19世紀の後半に、日本の美術・工芸品が西洋芸術に及ぼした、幅広い影響を「ジャポニスム」と呼びます。
絵画の分野では浮世絵がパリの画家に強い影響を与えました。浮世絵は量産可能な木版画なので、多くの作品がヨーロッパやアメリカで流通しました。西洋絵画の伝統的な主題、構図、色彩とはかけ離れた浮世絵は、改革志向の強かったパリの画家にインパクトを与え、印象派誕生の原動力になります。
『富嶽三十六景』 | 浮世絵 風景画の先陣を切りました
『富嶽三十六景』は1831年北斎72歳の作品で、1834年まで順次発行されました。
大判(約39cm×26.5cm)の多色刷り版画で、全シリーズは46作品からなり、富士山の四季折々の姿を描いています。それまでは役者絵や美人画が、浮世絵の主題でした。浮世絵に風景画というジャンルを切り開きました。続けて『千絵の海』、『諸国瀧巡り』などの風景画の連作を発行します。その後、歌川広重が『東海道五十三次』や『江戸名所百景』で続き、風景画としてのジャンルが確立されました。
色彩の点では、化学染料のプルシアン・ブルー(ベロ藍)が多く使われています。ベロ藍(あい)の単色摺りや、ベロ藍を主体とした作品が多くあります。
北斎は富士山と共に、庶民の姿を描きました。働く人、旅をする人、生活を楽しむ人などを、生き生きと描いています。
シカゴ美術館が、パブリックドメインとして公開している作品を中心に、クリエイティブパークの「名画」カテゴリに『富嶽三十六景』の全作品を掲載しました。どの地点から描かれた作品かを示すために、富士を望んだ場所を地図上にピン留めしました。
印象派絵画と『富嶽三十六景』の比較
クリエイティブパークの「名画」カテゴリで紹介している西洋画作品の中から、富嶽三十六景の影響を見て取れる作品を紹介します。絵画の主題、連作、構図、色彩のそれぞれの観点でどのような影響を及ぼしたのでしょうか。
主題(何を描くか)
ジャポニスムが台頭する19世紀の西洋画には「何を描くか」、という主題に関して優先順位がありました。順位の高い順に、歴史画(含む宗教画)、肖像画、風俗画、風景画、動物画、静物画、というランクが付けられています。ランクの高い絵ほど価値が高いとされました。展覧会で入選したり、世の中で認められたりするには、ランクの高い主題を描く必要があります。
浮世絵を始めとする日本絵画には、西洋画のようなランク付けはありません。買い手である、寺院、武家、庶民の求めに応じて、さまざまな主題を描きました。浮世絵は、庶民に向けての絵なので、役者絵や美人画、花鳥風月、風景画から春画に至るまで、庶民の興味を映した、様々な主題が描かれました。ランク付けされた主題が当たり前だった西洋画の画家たちには、自由な主題は大きな刺激になりました。後に印象派と称される画家たちは、従来の主題にとらわれない絵を描き始めます。
富嶽三十六景の中から、主題に注目して印象派の作品と比較してみましょう。
ドガは、浮世絵の影響を受けた画家の一人です。バレエ好きのドガは、劇場の舞台裏で踊り子を描きました。踊り子がポーズを決める場面でなく、舞台裏の踊り子の様々な姿勢を描いています。踊り子の自然な姿を描くことにより、親しみや悩みが伝わります。
北斎は『富嶽三十六景』の多くの作品で、庶民の日常の姿を描いています。『5百らかんさざえ堂』には、庶民が思い思いの姿勢で富士山を眺める様子が描かれています。
マネも浮世絵から影響を受けた画家の一人です。『Boats』では舟遊びを楽しむ男女が描かれています。
『富嶽三十六景』には船が多く登場します。『常州牛堀』は舟の先頭部分が切り取られた構図です。船内には生活する人の姿が描かれています。
描く主題に制約がなく何でもあり、の浮世絵の世界は、印象派の画家達に刺激を与え、印象派の画家たちも西洋画の伝統的な主題にとらわれない作品を、次々と生み出しました。
連作(シリーズもの)
『富嶽三十六景』は富士山という主題を季節、時間、場所を変えて描いた連作です。季節や時間により表情を変える富士山を、1枚の絵で表現することはできません。そこで北斎は、富士山の様々な表情を36枚の作品で表現しようとしました。連作が好評だったため、最終的には46枚の連作に仕上がりました。
『神奈川沖波裏』、『凱風(がいふう)快晴』、『山下白雨(はくう)』は三大役物とされています。連作のオープニングを飾るにふさわしい作品ではないでしょうか。
一つの主題を複数の作品で表現する「連作」という手法は、多くの印象派の画家に影響を与えました。
クロード・モネも浮世絵の影響を受けた一人です。ジベルニーの自宅には、いたる所に浮世絵が飾ってありました。
モネはノルウェーのコルサース山を富士山に見立てて、13点の作品を描きました。『sandvika』にはコルサース山が描かれています。この他にも『サン・ラザール駅』『積みわら』『ポプラ』『ルーアン大聖堂』など多くの連作を残しています。
さらにモネは自宅の庭に日本風の池を作り、睡蓮を植えました。季節や時間とともに変化する水面の光を生涯描き続け、連作『睡蓮』はモネの代表作品となりました。
モネの他にも、セザンヌはセントビクトール山をモチーフにして、生涯描き続けました。アンリ・リビエールはその名も『エッフェル塔三十六景』という連作を発表します。
構図
西洋絵画は「絵画がいかに本物に見えるか」という、写実性を追求してきました。実際の風景と同じ遠近感を表現するために考案されたのが遠近法です。風景画は遠近法を用いて描くことが常識になり、画一的な構図の作品が多くなりました。
浮世絵は遠近法にとらわれることなく、対象に焦点を絞り、自由かつ大胆な構図で描かれました。
浮世絵の構図は、遠近法を見慣れた西洋の画家たちに新鮮な驚きをもたらし、作品に取り込まれました。『富嶽三十六景』では、近景を大胆に描き、遠景と対比させる構図が多く、印象派の作品にも影響が見て取れます。
セザンヌの『セントビクトール山』では、画面の中央に垂直にそびえる木を配置しました。これは『甲州三嶌越』の大木と共通の構図です。
『東海道程ヶ谷』の構図は、多くの画家に影響を与えました。手前に規則的に並ぶ松並木と、その間から遠くの富士が顔を見せます。セザンヌの『Houses Near the Jas de Bouffan』は富士山が建物に置き換わった構図になっています。
色彩
浮世絵の鮮やかな色彩も、印象派の画家にインパクトを与えました。
中でも浮世絵の色彩に魅了されたのはゴッホです。ゴッホは数百点もの浮世絵を所有していました。ゴッホの作品は、浮世絵に出会う前と後では色使いが大きく異なります。
ゴッホは浮世絵の鮮やかな色彩を求めて、南仏のアルルに居を移しました。弟テオから援助を受けながら創作活動を続けたのです。テオから何点かの浮世絵を送ってもらい、テオへの返信には次のような言葉があります。
僕はアトリエの中に、あるだけの日本版画とドミエとドラクロアと、ジェリコーを並べた。(中略)僕はビングの複製の中では、一茎の草となでしこと北斎がすばらしいと思う。誰が何と言っても、平板な調子で色彩したどんなありふれた日本版画でも、僕にとってはルーベンスやベロネーズと同じ理屈で素晴らしいものだ。
ゴッホの手紙(中巻)/第542信より
『プロヴァンスの農家』の明るい色彩は、『片倉の茶園』に通じるものがあります。
オランダのゴッホ美術館では、ゴッホの所有していた浮世絵を公開しています。
詳しくはこちらからどうぞ。(ゴッホ美術館のサイトへリンクします。)
いかがでしたか。皆様の家や職場から富士山は見えますか。日本にはご当地の富士が各地にあります。富士山はどの様な表情を見せていますか。
200年前に北斎が描いた富士を印刷して、お部屋や職場に飾り、江戸時代の暮らしに思いをはせてみませんか。
富嶽三十六景の作品選定はこちらから
浮世絵の印刷には和紙がぴったりです。
和紙への印刷方法はこちらから
和紙のご案内はこちらから(外部サイトへリンクします)
浮世絵には大判、中判、小判、などのサイズがあり、最も一般的なサイズが大判(約39cm☓26.5cm)です。
大判の浮世絵を原寸で鑑賞したい方に、大判の和紙に印刷した作品をご用意しました。
大判の浮世絵作品ご紹介はこちらから
「北斎についてもっと知りたい」という方には「すみだ北斎美術館」をお勧めします。
「すみだ北斎美術館」は北斎誕生の地、東京都墨田区にあり、北斎や門人の作品を紹介しています。
「すみだ北斎美術館」のご案内はこちらから(すみだ北斎美術館のサイトへリンクします。)
■参考文献
『葛飾北斎(すみだが生んだ 世界の画人)』/すみだ北斎美術館
『北斎とジャポニスム(HOKUSAIが西洋に与えた衝撃)』展覧会図録/国立西洋美術館
『ゴッホの手紙』/岩波文庫