写楽の作品で最も評価が高い、第一期の役者絵27作品を「クリエイティブパーク」に公開しました。歌舞伎の演目ごとに作品を分類し、演目のあらすじと代表作の見どころを紹介します。
写楽の登場
東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)は江戸時代後期の浮世絵師です。10ヵ月の間に145枚前後の浮世絵を描き、忽然と姿を消しました。謎の絵師とされていましたが、阿波藩士で能楽師の斎藤十郎兵衛、との説が有力です。
役者を美化することなく、ありのままの容姿と役柄の内面までを描きました。
写楽は版元、蔦屋重三郎(通称、蔦重)により見いだされました。版元とは浮世絵や、絵本、狂歌本などを企画、統括、出版する元締めです。蔦重は喜多川歌麿を見出し、人気浮世絵師に押し上げました。写楽の作品はすべて蔦重の元から出版されています。
写楽の活動期間は1年足らずでしたが、4期に分類できます。
時期 | 取材テーマ演目 | 作品数 | |
第一期 | 寛政6年5月 | 花菖蒲文禄曽我 敵討乗合話 恋女房染分手綱/義経千本桜 | 28 |
第二期 | 寛政6年7月 | 傾城三本傘 二本松陸奥生長/桂川月思出 四方錦故郷旅路/神霊矢口渡 | 38 |
第三期 | 寛政6年11月 | 松貞婦女楠/神楽月祝紅葉衣 閏訥子名歌誉/鶯宿梅恋初音 花都廓縄張 男山御江戸盤 石/忍恋雀色時 相撲絵など | 64 |
第四期 | 寛政7年1月 | 江戸砂子慶曽我 再魅槑曽我 相撲絵、武者絵など | 14 |
写楽の作品で最も評価が高いのは、第一期の作品です。役者の顔をクローズアップして描いた大首絵です。
背景は雲母摺(きらずり)と呼ばれる技法を使っています。雲母摺は岩や貝を砕いた粉により、背景がキラキラとした光沢を出す効果があります。
第一期は28作品中、27作品を「クリエイティブパーク」に公開しました。歌舞伎の演目ごとに作品を分類し、演目のあらすじ、代表作の見どころをご紹介します。
『花菖蒲文禄曽我』 はなあやめぶんろくそが
父と兄の仇討ちを、28年かけて成就する、という演目です。
登場人物とあらすじ
石井源蔵:石井兵衛(ひょうえ)の長男。次男は源之丞、三男は半次郎
田辺文蔵:源蔵の家臣、文蔵の妻おしづ
石部の金吉:文蔵に借金の取立てをする金貸し
藤川水右衛門(みずえもん):兵衛を闇討ちにし、源蔵を返り討ちにする悪役
大岸蔵人(くらんど):桃井家家老。妻はやどり木
やっこ袖助:石井家の下僕
白人おなよ:祇園の遊女
あらすじ
①藤川水右衛門は剣術上の遺恨のため、石井兵衛を闇討ちにする
②兵衛の長男、源蔵は藤川水右衛門に返り討ちにされる
③源蔵の家臣、田辺文蔵も怪我をして、体が不自由になり、娘を身売りする。金貸し金吉が借金の取り立てをする。
④水右衛門は桃井家に志願しようとするが、桃井家 家老の大岸蔵人により正体を見破られる
⑤大岸蔵人の助太刀により、源之亟、半次郎は藤川水右衛門への仇討ちを成就する。父 兵衛が討たれてから28年後の事であった。
代表作品
白人おなよ ~女形を描く
写楽の役者絵で評価が分かれたのが、女形の役者絵です。
時代小説家、藤沢周平は歌麿を主人公に『喜多川歌麿女絵草紙』という小説を書きました。『白人おなよ』を見た歌麿の心情を描いています。
目の下にある絵は、白人おなよでもなく、女方でもなく、役者佐野川市松を写し出そうとしたようだった。隆い鼻、太い首から、むしろ男臭い体臭さえ匂ってくる。似顔絵といえば、これほど的確な似顔絵はないかもしれなかった。
『喜多川歌麿女絵草紙』/著者:藤沢周平 発行元:文春文庫
ーだが、美しくはない。
・・・中略・・・
ーこれは、絵か。
歌麿は、奇妙なものを見ている感覚にとらわれていた。これが絵なら、今までの絵が持っていた、きれいごと、あいまいさ、妥協、虚飾、そういった一切のものを剥ぎとって、本当のことだけを写そうとした、そしてその力もある。恐ろしい絵なのだ。
見栄をきる
石井源蔵は父の仇を討とうとしますが、藤川水右衛門に返り討ちにされます。その対決シーンを描いています。
歌舞伎には「見栄を切る」という演技があります。重要な場面で一瞬動きをとめ、感情や場面を印象づけるのです。映画のズームアップのような効果があります。
写楽は役者が見栄を切った瞬間の表情を描いています。
『敵討乗合話』かたきうちのりあいばなし
娘が父親の仇を討つ演目です。2つの仇討を同時進行で進める筋立てです。写楽は片方の仇討に関連する役者を描きました。
登場人物とあらすじ
志賀大七:悪役
松下造酒之進(みきのしん):志賀大七に殺害される
しのぶ、宮城野:松下造酒之進の娘
肴屋五郎兵衛(さかなやごろべえ):仇討ちの助太刀をする
あらすじ
①志賀大七が松下造酒之進を殺害。酒之進には長女宮城野、次女しのぶがいる。
②次女しのぶは貧しさから廓に売られる。宮城野がしのぶを訪ねる。
③宮城野としのぶは、肴屋五郎兵衛の助太刀で、仇を討つ。
代表作品
本当のことを描く
『喜多川歌麿女絵草紙』の中で歌麿が蔦重に、写楽が描いた下絵を見せられる場面があます。描かれている役者は松本幸四郎と市川高麗蔵でした。絵を見た歌麿の心の内を以下のように描いています。
ーだが、こんなに本当のことを描いていいのかね。
『喜多川歌麿女絵草紙』/著者:藤沢周平 発行元:文春文庫
という気がちらりとした。役者絵である以上、これを描いた絵描きは、あるいは演じている役柄の真実に迫ろうとしたのかも知れなかった。だが絵は、そこを突き抜けて、役の背後にいる幸四郎、高麗蔵と言う役者を裸に剥いでいるように見える。
『恋女房染分手綱』こいにょうぼそめわけたずな
藩金強奪事件の顛末と不義の子との出会いと別れを描いた演目
登場人物とあらすじ
登場人物
与作:由留木家の家臣
一平:与作の下僕
重の井:由留木家の侍女
竹村定之進:重の井の親
鷺坂左内:藩の執権
鷲塚八平次(わしずかはっぺいじ):藩金強奪の黒幕。江戸兵衛を雇う。
江戸兵衛:一平から金を奪う
あらすじ
①与作の下僕、一平が藩の金を江戸兵衛に奪われる。
②与作は重の井との不義が露見し、藩を追放される。
③重の井は父、竹村定之進の嘆願により、姫の養育係になる。重の井と与作の子供、三吉は馬子になる。
④藩金強奪の黒幕、鷲塚八平次の悪事が露見し、鷲坂左内の裁きを受ける。
⑤重の井は馬子となった我が子、三吉に出会うが、養育係の立場上、母であることを明かさないまま別れる。
代表作品
藩金強奪
江戸兵衛が与作の持つ御用金を強奪する場面です。
江戸兵衛は手を上掛けから出しています。見開いた目と突き出した顎から今にも飛びかかろうとする緊迫感がつたわります。顔の表情も悪役らしい、ふてぶてしさを感じさせます。
一平は刀の柄をつかみ、今にも抜こうとしています。口をへの字に閉じ、相手をにらみつけます。決死の覚悟が伝わります。
わが子との出会いと別れ
重の井が我が子、三吉と出会った場面が描かれています。与作との間に生まれた 三吉は、親元から離され馬子になります。重の井は三吉と殿中の庭で偶然出会います。しかし姫の養育係という立場上、名乗ることができません。成長した我が子を遠くから見る、切ない心の内が、表情から伝わります。
写楽の終焉
第二期は役者の立ち姿を描きました。第三期の作品数は多かったのですが、写楽の個性が失われていきました。第四期を最後に忽然と姿を消します。
江戸時代の浮世絵案内の『浮世絵類考』では、写楽が長く続かなかった理由を、以下のように書いています。
歌舞伎役者の似顔絵を写せしが、あまりに真を画かんとて、あらぬさまにかきなせしかば、長く世に行われず、一両年にして止む
『浮世絵類考』/大田南畝ほか
「歌舞伎役者の似顔絵を描いたが、あまりに真実を描こうとして、望ましくないように描いたので、長続きせず、1年あまりで活動を停止した。」
写楽が再び注目されるのは、明治になってからです。開国とともに多くの浮世絵がヨーロッパに渡りました。ドイツ人のユリウス・クルトが1910年(明治43年)に写楽の研究書『写楽 SHARAKU』を発行し、再び脚光をあびるようになります。
写楽の大首絵に関して、ユリウス・クルトは以下のように述べています。
こうした 迫力のある顔は 、大理石のような静寂と情熱的な動きを秘密めかして混ぜ合わせたものの中に、最高の芸術のみが所有する 永遠の価値を持っている。
『写楽 SHARAKU』ユリウス・クルト
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浮世絵には大判、中判、小判、等のサイズがあり、最も一般的なサイズが大判(約39cm☓26.5cm)です。
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参考文献
『写楽 SHARAKU』 ユリウス・クルト 著/アダチ版画研究所 発行
『謎の絵師 写楽の世界』 高橋克彦 著/講談社 発行
『写楽 in 大歌舞伎』 浅野秀剛 監修/東京美術 発行
『喜多川歌麿女絵草紙』 藤沢周平 著/文集文庫 発行